アルバム「人間なんて」に参加している木田高介さんのアンソロジーです。
由紀さおり「ルーム・ライト(室内灯)」を収録。
しかし、1980年5月18日、山梨県の河口湖沿いにて車を運転中に事故を起こし、同乗していた阿部晴彦と共に死去、31歳の若さだった。
事故から約1ヶ月後の1980年6月29日、日比谷野外音楽堂で木田高介・阿部晴彦追悼コンサートが開かれ、1万人近くのファンが集まった。この日は一日中、雨模様であった。北山修(自切俳人)が泣きながら「帰って来たヨッパライ」を歌ったという。参加ミュージシャンは以下の通り。
ザ・ナターシャー・セブン(高石・坂庭・城田と石川鷹彦)、オフコース(小田・鈴木・大間・清水・松尾)、かぐや姫(南・伊勢・山田)、風(伊勢・大久保)、五つの赤い風船(西岡・長野・東・藤原)、吉田拓郎、小室等、遠藤賢司、斉藤哲夫、下田逸郎、かまやつひろし、イルカ、りりィ(国吉良一+土屋昌巳)、はしだのりひこ、ダ・カーポ、山本コータロー、五輪真弓、加川良、沢田聖子、ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンド(坂庭の弟も出演)、金子マリとバックスバニー、チャー、スピードウェイ、スクランブル・エッグ、上条恒彦、倍賞千恵子、吉川忠英、瀬尾一三、岡本おさみ、喜多条忠。
その時の「アジアの片隅で」